01|「カモシカとの格闘」
おはなし:菅野守さん(山形県山形市 70代)
聞き書き:髙橋かおる
今から25年前の秋。桜田山に家内と犬連れてキノコ狩りに行ったけのよ。この時期に採れるサクラモダシはこりこりしていてうめぇんだ。当時、飼っていた犬はポインターで体長1mあるおっきな気の強いメスだった。その犬がワンワン、ワンワン激しく吠えっから、何かあったんだかと。そしたらなんとカモシカに角で持ち上げられちゃってよ。ぶん投げられちゃったの。そんで犬はキャンキャン、キャンキャン泣いて。こりゃやられちゃったと思って見てたら、犬は尾っぽぐっと巻いてよ。おっかなくなって、私の後ろに隠れちまったんだ。そしたら、今度は私をめがけてカモシカがかかって来たんだよ。危ないからひとまず家内を桜の木の中に入れてよ。そうすれば大丈夫だから。3本だか4本株立ちのがあったっけの。「ここに入ってろな」って言って。
仕方ねぇから、カモシカと戦うことにしたべした。近くにあった、長さ50cmくらいの太い棒を振りかざして、バキャーンとカモシカをぶっ叩いたんだけどよ。棒がおしょれたっけの。そんでもよ、ばーっと逃げていくけど。いつのこまにか音もなく忍んで来んだぜ。今思えば子がいたのかもしんねぇ。うんと気強くてよ。またカモシカが向かってきたっけのよ。しょうがないから、おっきな石持って、腹んとこにどば~っとぶつけてやったけど、全然。微動だにしないんだから。しばらくして諦めたのか走り去って行ったの。いやぁ~おっかなかった。うちの家内なんて、ストレスで胃痙攣を起こしちまって医者に連れて行ったんだから。
02|
おはなし:鶴田充孝さん(山形県寒河江市 30代)
今から9年前の話です。
勤務先に向かう途中、近道をしようとハンドルを山道にきりました。
しばらくは緩やかなカーブを運転していましたが、峠に差し掛かった時のことです。
大きなカモシカが道を横切ろうとしています。
当然、車は急ブレーキ。
本物の野生動物は迫力が違います。
私も彼(?)も、お互いに、眼を外しません。
「外さない」というよりも「外せない」といった方が正しかったような気がします。
私は車中にいましたが、目線を外したら「本能的にヤラれそうな気」がしました。
彼は至って冷静な様子、
「なんだ人間か、早く行けよ。」
そんな言葉が聞こえてくるようでした(表情はそんな感じでした)。
見つめ合うこと、数十秒。
もっと短い時間だったかもしれません。
人間なんてどうでもよくなったのか、彼は道の反対側へと去って行きました。
いなくなってホッとしたのか、その後、心臓がドキドキした覚えがあります。
自分の心中まで見透かされたような情けなさを感じながら、再び車を走らせました。
03|「カモシカをみた姉妹(1)」
おはなし:宮本結子さん(山形県山形市 8歳)
聞き書き:宮本武典
夏の蔵王のスキー場で、わたしがリフトに乗っていた時、
ずーと長いリフトなんだけど、脇の茂みがガサガサって鳴ったから、
「んっ?何だろう」と思ってその茂みを見ていたら、
いきなり、おおきなカモシカが飛び出してきた。
リフトにのっているわたしの足先にさわりそうなくらい、ちかかった。
わたしは、お尻が白くなかったら、カモシカだってすぐにわかった。
カモシカは、そのまま芝生のゲレンデを横切っていって、スライダーで遊んでいるお兄さんにぶつかりそうになったんだけど、そのむこうの、龍岩祭(蔵王の野外音楽祭)のほうへ走っていった。
わたしはリフトにのりながらそれを見てた。
テントを張って、ごきげんな感じで音楽を聴いているたくさんの人たちは、おおきなカモシカがちかづいているのに、ぜんぜん気づいていなくて、どうしよう!と思ったんだけど、
そこにいた幾人かの男の子たちも気づいて騒いでいたんだけど、カモシカはぷいって向きを変えて、森の方に消えていったんだ。
森に戻ってくれて、ほんとによかったと思ったよ。
04|「カモシカをみた姉妹(2)」
おはなし:宮本桔和さん(山形県山形市 6歳)
聞き書き:宮本武典
わたしが幼稚園で給食を食べていたら、
窓の外で何か黒いものがうごいていて、
お友達が「あっ!カモシカ!」っていったものだから、
それであわてて、おぎょうぎがわるかったんだけど、
なかズックのまんまお外に走っていったら、
掃除のおじさんが「ちょっとまって、
あれはツノが生えているから危ないからダメだ」って。
カモシカは幼稚園の木の下で草をもぐもぐたべてて、
わたしたちはずっと離れて、しずかにそれを見てた。
おじさんは「うん、あれはオスだね」といった。
わたしは「うわぁすごい」って思った。
05|
おはなし:高内彩夏さん(東京都世田谷区 20代)
カモシカが、ときどき出し抜けに、ぬぼっと立っていることがある。
山で栗をひろっているとき。向いの斜面にぬぼっと立ち止まって、こちらに顔を向けている。
畑の近くを歩いているとき。向こうの山すそに、やっぱりぬぼっとした小さな姿。
こちらを見ている。
東京へ向かう新幹線の中。
ぼーっと窓の外をながれてゆく景色を眺めていると、
山のなか、線路わきの木と木のあいだにやっぱりぬぼっとした姿を見つけ、見送られた気持ちになる。
いつ見ても、きょろきょろ怯えるふうでも無く、実にぬぼっとして、ふしぎと堂々としたもんなのである。
ときどきいるよねえ、と母に話すと、
「たまに、校庭さ入ってくるんだ」と言った。
母は小学校の先生だ。
「子供らさは、絶対近づいたらダメだって教えてんだず」
あんなぬぼっとしたおだやかそうなカモシカであるのに。
子供らと遊びにきたんじゃないだろか。
どうして、と聞くと
「カモシカはひどい近眼でよ、1mくらいの目の前に近づいてようやく、目の前に人がいるって気づくんだよナ。
びっくりしてあばれっと危ねがら」
はあ、ふうん、なるほど。そうか、そうか・・・
カモシカはこちらのことなんか見てはいなかったのだな。
そんなに目が悪いのなら、
きっと誰をも、どこをも見ていないだろう。
ふっと姿を現すカモシカを思い浮かべれば、
すこし離れたところにたたずんで、
よりいっそう、ぬぼっとしてみえるような気がしたのだった。
06|
おはなし:遠藤みなみさん(山形県寒河江市 20代)
私は毎年春になると、おばあちゃんと一緒に山菜取りに行きます。
春の山は柔らかいのびのびした山菜がたくさん出てくる季節です。
ワラビやコゴミ、ミズなどの山菜がある春の山は人以外にも動物たちも、食べものを求めてくるのです。
『ヘビやカモシカに会ったら決して叫んじゃいけないよ。
動物たちがびっくりするからね。』
おばあちゃんはいつも言います。
山にお邪魔するのは人側なのです。
五年程前に、毎年のようにおばあちゃんと山菜取りに向かいました。
最初は道路の近くで採っていたのですが、だんだんと夢中になるにつれ私は山の斜面を上へ上へと登っていきました。
山菜に夢中な私はずっと下を向いて上など全く見ていませんでした。
頭の中は山菜でいっぱいだったのです。
そのとき上の方からガサガサっと音がしました。
『なんだろう?おばあちゃんの足音かな?』
と見上げてみると、
そこには白いカモシカがいました。
朝の光を浴びたカモシカはとてもキラキラしていて、まるで山の神様のようでした。
夢でも見ているようで、びっくりして叫ぶこともできません。
カモシカと私は目があったままお互い動けませんでした。
きっとカモシカもびっくりしたのでしょう。
まさか人がいるとは思わなかったのかもしれません。
少し時間がたったあと、カモシカは軽々と上へ上へぴょん、ぴょんと飛び跳ねて消えてしまいました。
時が止まったような張り詰めた空間は、何年経っても忘れることができません。
あれから何度も山菜採りに行っていますが、白いカモシカには会えていません。
『お邪魔してカモシカさんに悪いことをしてしまったね』
と毎年おばあちゃんとお話しをします。
山にお邪魔してしまうのは人なのですから。
07|
おはなし:大澤亮太さん(宮城県名取市 20歳)
聞き書き:半澤青空
休みの日の晴れ晴れした朝、もそもそと朝ごはんを食べていたら、お父さんに
「田んぼにカモシカが倒れてるからおいで!」
と呼ばれた。
山の方に住んでいるから、カモシカは何度か見たことがあるけど、倒れていると聞いてびっくり。野次馬のような気分で帽子を被り、長ぐつを履いてお父さんの後ろをついて行った。田んぼに行くとその持ち主のおじさんがいて、カモシカが倒れているところを指差した。
指差した方を見ると、カモシカが雑草が生えている田んぼに倒れていた。田んぼの中に入り、触れるくらいの距離まで近づいてよく見ると、お腹にキズがあって少し血が出ている。そして苦しそうに息をしている。このカモシカはもう長くないだろうと思った。どうにかしなくちゃ、とは思ったけど自分たちだけではどうにもできない。
「どうすることもできないね、帰ろうか」
と、お父さんが言ったから帰ることにした。帰ってから1日、カモシカのことを忘れて過ごした。何日か経ってカモシカのことを思い出して田んぼに行ってみたらいつの間にかカモシカはその田んぼからいなくなっていた。
後にお父さんからカモシカのことを聞くと、お腹のキズはケガじゃなく、いろんなものを食べてしまって病気になってしまったからキズができたらしい。そして、カモシカは死ぬことなく、県の職員が山の中に逃がしてくれたそうだ。
08|
おはなし:男性(山形県中山町 80代)
聞き書き:高橋美香
中山町は山に接しているが、森が深い山ではないためクマの目撃譚は少ない。豊田小学校の近く、里前にクマが出たという通報が在り、小学校の生徒の下校の対応に苦慮したことがある。後になって猟師が検証したところ、クマの足跡などは見られず、カモシカの足跡があちこちで見られた。よく汚れたカモシカをクマと見間違うことがあるため、うっかりした村人が早合点したのではないか。
09|
おはなし:女性(山形県中山町 70代)
聞き書き:高橋美香
山を歩いていたら、カモシカと目が合った。驚いてしまい一歩も動けなくなった。同じようにカモシカもみじろぎ一つせず、しばらくにらみ合いになった。我慢できず動いたら、カモシカが文字通り飛んで逃げていった。カモシカは昇るのも速いが降りていくのもその倍くらい速かった。
10|
おはなし:男性(山形県中山町 80代)
聞き書き:高橋美香
自宅の裏庭は山から流れている。年に数回、カモシカの遺骸が流れてくることが在る。一度、死んだものと思ってつついたら飛び跳ねて逃げた。大きいカモシカだったので迫力があって驚いた。
11|
おはなし:高橋美香さん(山形県山形市 30代)
聞き書き:荒川由衣
誰もいない、すこし霧がかっていて静かな朝。
線路沿いの道は公民館へと続いていて、毎朝犬のモネと散歩をし広場で放して遊ばせてやる。モネは真っ黒でワイルドな見た目、だけどとても人懐っこい。
いつものように歩いていると「ワンワンワンワンワン!」突然けたたましく吠えながら猛ダッシュ。線路沿いに立っているフェンスを突き破ろうかという勢い。慌てて追った視線の先には…線路の上を歩く、鹿? まだ幼いカモシカだろうか。白い霧の中に浮かび上がるシルエット。モネを見おろし「ここまでは来られないでしょう?」とでも言っているかのように優雅に歩いている。まさか街なかに走る鹿がいるなんて。瀧山から下りてきたのかな?モネの意外な一面に驚きながらも、しばらくその幻想的な光景に見惚れていた。
12|
おはなし:鈴木美佐子さん(福島県福島市 50代)
聞き書き:半澤青空
天気の良い春の日、昼の暖かい陽ざしが気持ちよかったから織物にする糸を紡ぐために羊毛のカーディングを外でやっていた。あまりにも気持ちがよく、無心でカーディングをしていたら、トコトコトコ...と足音が聞こえてきた。何かと思って前を向くと1メートルくらい前ををカモシカがトコトコトコ…と通り過ぎていた。あまりにも突然のことすぎて驚くこともできず、声が出なかった。カモシカも、驚かず、慌てる様子なく歩き、その姿は迫力がないようにも思えた。そのカモシカは中肉中背だが白っぽいグレーの毛をまとっていて、美しかった。
通り過ぎたと思ったら、パッと止まって振り返り、カモシカと目が合ってしまい、びっくりしたが、カモシカは動じず、すぐにまた歩き始めたが、とっさに「ちょっとお待ちになって」と呼び止めた。どうして呼び止めたのか、よくわからないが、その言葉が声に出た。でもその声には反応することなくカモシカは歩き、姿を消した。
通り過ぎて姿を消した後、素敵なカモシカだったと思い、恋をしたような気分になった。
今思えば、そのカモシカは家の守り神か、精霊か、もしくはカモシカになって誰かが会いに来てくれたのではないだろうかと思う。
13|
おはなし:安達正智さん(山形県山形市 30代)
聞き書き:安達奈緒子
震災のあった年だな。
俺がまだ、飯田(山形市内、蔵王に行く途中の地区。近くに国道13号線もある)のガソリンスタンドに勤めてたときだな。
仕事中、スタンドの敷地内に動物がいっこどに気づいたのよ。
最初、「犬かな」って思って。
でも、体がでかくて…
「あ!カモシカだ!」って気づいた瞬間、向こうもこっちに気づいて驚いたみたいで。
ダカダカ!って走ってスタンド内から逃げてったっけ。
行先はわがんねな。
山さ、帰ったんだべかね。
14|
おはなし: 18ミリさん(山形県山形市 20代)
大学入学して1ヶ月ほど経ったころ、その日は早起きできたので自転車で大学へ向かう事にした。8時に工房が開く事を考え7時に家を出る。早すぎた。7時半前に大学に到着してしまった。仕方ないので悠創の丘で時間を潰す事にする。まだ空気が冷たく薄っすら霧がかかっている。上の方から早朝散歩の帰りと思われるおじさんと挨拶を交わす。「おはようございます」木々の写真を撮る私に「おはよう、いい写真は撮れますか? よくそこの川にカモシカが出るんですよ。」「へぇ、見てみたいですね。」「まだ朝早いから会えるかもしれないね。」
カモシカと出会いに期待しつつ、ぐんぐん登っていくと…あれ、カモシカ? 100mもしない距離にカモシカの姿が。カメラを向ける私を草原の真ん中でジッと見つめる彼。少しずつ近づく。彼は全く動こうとせず、背筋を伸ばしてこっちを見ている。あまりにもかっこよく凛とした姿に惚れ惚れして、「おはようございます!」と言い深々とお辞儀をした。彼は動かない。彼にすっかり虜にされてしまったのか、いつもの丘が違う色に、違う風に感じる。いつもの場所がこんなにもドラマチックな風景に見えるなんて、これは恋だ。その後も草を食べる彼を追いながらじりじりと距離を縮め、あと20mほどの距離で彼は茂みへ隠れてしまった。時計を見るともう8時半。小さくさよならを言い、講義へと向かう。夢のようなひと時だった。大学1年夏前の淡い恋エピソードでした。
15|
おはなし:菅野勲さん(山形県大蔵村肘折 60代)
聞き書き:鈴木淑子
カモシカは会っても、あれ撃っては悪いからな。あれは、撃てば当たる。横向いて撃ったって当たるよ。大きいし、のそっのそって遅いもの。ウサギほど早くない。カモシカは雪崩がつくような崖にいるんだよな。天敵もいないから、なんでそんな崖さいるもんだ?と思ったれば、雪崩で落ちたとこ、地面さ、草が少し生えてるから、それ目的に崖さいるの。真冬でまだ食べ物がない時に雪崩があると、そこに青っ葉が生えるから。なんでそんな崖さいるの、バカだなぁと思ったけど、雪崩がつくとこにはけっこういる。
16|
「カモシカの頭のはなし」おはなし:菅野守さん(山形県山形市 70代)
聞き書き:安達奈緒子
カモシカ、撃ったごとあるよ。
岩波(山形市内)ってとこの戸神山ってあっべ。有害駆除(生体調整)っていうか…最近数増えてきてっからね、有害駆除やめてから10年はなっべかね。それからだいぶ数増えたんじゃないの。当時、瀧山のとこと、蔵王と、東沢とで合わせて60頭くらい獲ったんねがな。
戸神山って岩山なんだ。カモシカ、ゴロゴロいるんだよ。ワーワーワー!って騒ぐと、うじゃうじゃといだっけ。
獲ったカモシカは、頭だけ取ってよ、頭部は東京に送ったんだ。東京の獣医さんの研究で使うのに送ったんだな。カモシカの顔にさ、ニオイ出す袋があんだ。鼻のわきっちょによ。どういうニオイかはわがんないげんと、ほっからニオイ出してナワバリみたいな作るのに使うんだな。猫も天井に向かってぶーってすっべ? カモシカも木に顔擦りつけてよ、マーキングするんだ。
体のほうはな、冷凍して粉砕してよ、西蔵王に埋めるんだ。
あと、カモシカって意外と目だけこんなおっきいべ?でも近眼なんだよ。あんまり見えてないみたいだな。
17|
おはなし:菊池大二郎さん(山形県山形市 40代)
聞き書き:玉手りか
僕は職業柄、外にいる機会が多いせいもあり、カモシカにはしょっちゅう出会う。天然記念物で狩猟が禁止され、数が増えていることで近頃は山形市内にも頻繁に出没し、人間との距離も近い。食肉として口にする機会はないが、人に聞いたところ、エゾシカよりずっと美味しい肉らしい。
カモシカの特徴はなんといっても、あの視線だ。どうしても目が合ってしまう。じーっと見て来る目、逸らそうにも、動けなくなってしまう。普通の野性動物なら、人間を見つけるとすぐ逃げてしまうが、カモシカは逃げない。近づいてようやく反応するくらいで、人間にかまわない態度、落ち着いた生き物だ。
あるとき、雄と雌が一緒にいるところを見た。ふさふさとした、たてがみのような毛をまとい、角を生やし、2匹が立つ姿には風格があった。ちょうど『もののけ姫』に出て来るような。威厳を持った姿が記憶に残っている。
18|
おはなし:伊藤利彦さん(山形県山形市 60代)
聞き書き:庄司亮一
野生動物と人間の境界のような里山で30年間養鶏をやってきました。野生動物とどう向き合っていくか、生産農家としてはそう簡単に「折り合いをつける」なんて語れないのがほんとのところです。もちろん動物は好きなんですが、例えば、タヌキなんかに一度に150羽も鶏がやられたりすると、それはものすごい憤りや怒りを感じます。でも、彼らタヌキも懸命に生きているのも分かるんです。
人が炭焼きなどをして出入りしていた昔と違って、今の山は見かけ上姿を留めているだけで、中身は荒れているんです。動物にとっての餌が少なくなって、生態系のバランスが崩れてしまった。人の出入りがなくなった里山で数を減らす動物がいる一方で、昔は肉や毛皮として捕えられていた動物などは異常に増えている例もあります。
カモシカなどは天然記念物になってむやみやたらに殺してはならなくなりましたが、80代ぐらいの人に聞くと「あいづうまかったな~」とあえて名前を言わずにこっそり捕って食べることもあったとか。あからさまにカモシカを捕ったとは言えないので仲間の間では「アオ」と呼び交わしていたそうです。
天然記念物といっても定期的に数を調節するために何年かに一度は射殺して数を調整しなければならないですし、かといって意図的に殺すと余計に増えてしまったりもするようです。
30年ぐらい前はものすごくたくさんいました。トガミ山の南斜面の岩場のあたりはカモシカの格好の遊び場だったんです。芸工大が出来たころまではよく20頭ぐらいの群れでいるのをみました。岩場が好きなんですね。ポーンポーンと岩と岩を跳んで遊んでいました。
面白いのは、カモシカはきれい好きで遊び場と別に排泄する場所が決まっているんです。ヌタ場といっていましたが、それが裏の北斜面にあって、ものすごい大量のうんちが山になってたまっていたんですよ。
19|
おはなし:伊藤利彦さん(山形県山形市 60代)
聞き書き:古田和子
もう30年前って言ったら、もう本当にすーごい数のカモシカがこのあたりにはいましたよね。「今日は20匹くらいいるよ」とかって。
トガミヤマなんて、もうかっこうのカモシカの遊び場。
なぜかって言うとカモシカって、岩場が大好きなんですよ。蹄があって、もーのすごい跳ぶんです。で、トガミ山のこっち側の南斜面は岩場じゃないですか。だから、あそこが日中の遊び場なんです。岩場を駆け上って、ぽんぽん飛んで、そういう姿をこうやって見てると、お~ってたいしたもんだなぁという感じでね。うん。
それから、カモシカってキレイ好きでね、ウンチするときは遊び場では全然ウンチしないんですよ。裏山って言うか北斜面でウンチをするの。だから、ウンチの山ができるわけ。「うわ、もうなにこれ、もう何十日分のウンチ!」ていうくらい溜まっているわけですよねぇ。
カモシカは本当に日常的な風景だったからね。「ああ今日も遊びに来たのか~」みたいな。私んところの鶏小屋で、ゆっくりと鶏をこう観察しているから、今日は何しに来たのーぐらいの感じで、普通に遊びに来る感じでしたよね。
わざわざ鶏小屋を見に来るというよりか、下りてきたら鶏小屋があったという感じなんでしょうけどね。それほどまでにいっぱいいたから。
だから、日常的にカモシカなんて身近なものとしていたわけですよね。
20|
おはなし:安達奈緒子さん(山形県山形市 30代)
聞き書き:是恒さくら
今の職場である養護学校が上山市にある。山が裏手にあり、とても山に近い場所。学校の敷地内に、日中カモシカが入ってきてしまったことがあった。「カモシカが出た!」と校内放送で流れた。うちの学校にいる生徒は、車椅子に乗っている子どもがほとんど。外に散歩に出ることもあるけれど、カモシカが出ては危ないので、散歩もやめるようにと教頭から話があった。
私が働いている学校には宿舎もあり、子どもが寝泊りもしている。夜7時頃になって窓から外を見てみると、渡り廊下、ピロティのようなところにカモシカが出てきていて、目だけが光っていて怖かった。子供もまだ寝ない時間だったので、外には出ないけど職員同士では「危ないね」という話をしていた。
その年のクリスマス会では、トナカイじゃなくカモシカが来たね、という話をした。クリスマス会では、トナカイではなくカモシカの被り物をつくったら子供たちが怖がった。
21|
おはなし:髙橋かおるさん(山形県山形市 30代)
聞き書き:是恒さくら
カモシカの話を三つ。一番最近、カモシカを見たのは今年の2月だった。今、ダムで働いていて、そこでは時々カモシカが窓の外にいるけど、手を振っても反応せずに帰っていく。
二つ目は、学生の頃のこと。芸工大に自転車で通っていて、小立あたりで蹄の音が聞こえてきて、馬だと思っていたら追いかけてきた。追い抜かれてみると、なんとカモシカだった。どこに行くんだろう?と思ってそのカモシカを追いかけて行ったら、一限に遅刻した。遅刻の言い訳がカモシカを追いかけていたから、と言っても信じてもらえなかった。場所は、小立の裏道から芸工大に行けるあたり。畑の方で、お米屋さんがあるあたり。
最後の話は、10年くらい前のこと。当時は大崎市に住んでいて、山が一切無い場所だったけどカモシカが出てきた。警察も出動するわ、役場の人も出てくるわで、大騒ぎだった。でもみんな慌てていたので、役に立たない虫取りの網なんかを持ってきてしまっていた。
22|
おはなし:古田和子さん(山形県山形市 30代)
聞き書き:是恒さくら
街中でカモシカに会うことがけっこうある。学校から帰る時、カモシカが街から山に帰るところに出くわしたこともある。街で何をしてたんだろう? と思った。
夜にドライブするのが好きで、車で走っていると猫やタヌキによく出会う。ある日もドライブしてたら、めちゃくちゃ大きい影が目の前に現れた。それがカモシカで、こっちをギロって見ていた。車だったけど、止まらずにはいられず、カモシカと一触即発! 「やるか?」みたいな雰囲気だった。
それ以前は、森で動物を見ると嬉しい気分になっていたけど、その時はすごく「敵」とみなされていると思い、怖かった。街から山に帰るカモシカを見た時も何か違和感があって、状況の変化のようなものをカモシカが示してくれたような気がする。
23|
おはなし:伊藤智恵子さん(宮城県仙台市 60代)
4年前の話。私が公立中学校に勤めていた時の話です。仙台市山間部に、小学校と中学校が隣接、ほぼ同じ敷地内にありました。午前11時前後にカモシカが中学校の校庭にやってきます。のっしのっしとゆっくり横断して、小学校の校庭に行きます。中学校の職員室は2階にあり、そこから、校庭の様子をよく観ることができるのです。11時前後といのは、小学校の業間時間ロング休憩時間が15分あります。10時25分~10時40分位までです。その次の時間割が3時間の授業となります。業間時間は小学生の子ども達の声がにぎやかです。ブランコ、オニゴッコ、走りまわる子、たくさんいます。
中学校は2時間目の体育の時間で、にぎやかに運動をしています。中学校は10時30分に終了します。静かになった校庭にカモシカがやってきます。週1回位、5月~6月頃、10月前後にやってきていました。
中学校の校庭のそばに、名取川が流れています。校庭の絶壁の下にゆったりとした大きな川が流れています。向かいの山から川を泳いで絶壁(大きな木もおいしげっています。)をかけのぼって、中学校の校庭にやってきます。校庭から、校手側の保健室の前をとおります。私は「シカさんこんにちは」といつも声をかけます。にげるのでもなく、私のほうも向いてから、小学校の校庭のほりへと移動していきます。技師さん、教頭先生はきっと子どもたちのことがすきなんだねという感想でした。私も野生のカモシカとあいさつできてビックリしたり嬉しかった思い出です。野生のカモシカはとても若々しく感じました。保健室の出入り口にツバメの巣があったり校庭にはトンビが旋回していたり、スズメが雑草の種を食べている姿を見ることができました。体育館の入り口にはアオダイショウがよく出ます。街なかの大規模校ばかりに勤務することが多かったのですが、自然の豊かさに触れた体験でした。
24|
おはなし:佐藤裕貴子さん(20代)
初めてカモシカを見たのは、中学時代でした。当時吹奏楽部だったのですが、音楽室が山の斜面の近くにありました。先生は窓を背中に指揮をとり、生徒たちは窓の方を見て演奏していました。
すると窓から見える斜面からカモシカがおりてきました。
とたんに演奏はめちゃくちゃになり、ストップ。さわぎ声。
先生は最初激怒しましたが、「うしろ!」と言われてふり返ると、二度目の叫び。生徒からは笑い声。どれだけさわいでも、窓の外のカモシカは堂々と立っていました。
25|
おはなし:トントンさん(山形県山形市 10代)
私が小学校3年生だった頃の話です。私の実家の周りは山に囲まれていて、よくきじやタヌキなど色々な動物を見ていました。ある日祖父と一緒に山へたけのこを取りにいったのですが、その時偶然カモシカ2匹と出会いました。祖父はあぶないから近寄るなと言われたのですが、好奇心に負けてじりじりと近寄ってみました。カモシカは私をじっと見つめて全く動きませんでした。2mぐらいちかづいたところでカモシカ2匹はバッと山の奥へ逃げていきました。今思うとあの2匹のカモシカはそれほどけいかいしておらずおっとりとしていたのが印象的でした。
26|
おはなし:小嶋千春さん(宮城県大崎市鳴子 30代)
聞き書き:髙橋かおる
私の家は花屋なんですよ。4、5年前の秋の晴れた日に母親の運転する車で山の上の集落に花を配達に行ったんですね。山道をのぼって行く途中に何カ所かカーブがあるんですけども、車がとめられるくらいスペースのある緩やかなところで、裸で坊主の男の人が四つん這いでこっちを見ていたんです。私は変質者だと思ってギャーギャー騒いでしまって。隣にいた母が「なに?なに??」って驚いてて。そしたらその男の人が人間とは思えない動きでぬわっ~とガードレールを飛び越えていったんです。その動作を見て「なんだカモシカかぁ」って気がついてホッとしました。よく見たら毛むくじゃらなのにね。なんで裸で坊主に見えたのか今でも不思議です。
27|「茶髪のカモシカ」
おはなし:横山みちこさん 70代
聞き書き:荒川由衣
カモシカ、白とか黒とかしかないでしょう。なんだか知らないけど今流行りの茶髪のやつが一匹来てさ。洒落たカモシカだなーなんつって。ここのとこ(頭のてっぺん)金髪なんだよ。黄色いのに出会った。頭のてっぺんだけ。金髪。でさ、あらあれおかしいよーってそこへ来たんだよ。すぐそこの畦に来た時さ、「早く見てあれ茶髪だよー」なんつってさ。よく見るやつは白っぽくて後ろのお尻のあたりだけ黒かったりするんだけど。あのやつはここだけ茶髪でさ。美容院行って来たよな(笑)こっから肉眼で見てここんとこ黄色いんだもん。突然変異なのかねぇ、やっぱり。あららなんてあの(紅葉した)木の葉みたいにここだけ茶髪なんだよ。目立ったの、それでそんなとこで見てたら、春、やっぱりそれが出てきてさ、追いかけっこしてんの。やっぱり縄張り争いなんだよね。田んぼの中バチャンバチャンと。逃げて行ったりするんだけど、茶髪のやつが逃げたの(笑)追っかけられて。侵入者なんだよな、あれ。そんなあれあったりさ、おもしろいよ。